暑い日が続きます。夏至から半夏生の間、これは前にもお話しましたように、ちょうど田植えの時期に当たっております。
暑い盛りにはどうしても冷たいものに手が伸びますが、そうやって身体を冷やしてばかりおりますと却って身体を壊すてなことがようあります。江戸時代には甘酒を夏場に飲んだんやそうです。蒸し暑いことで知られる中国の四川省や重慶の名物料理が辛いのも同じような理由です。栄養をしっかりとった上で、発汗作用で涼しさを感じて乗り切ろうというわけですな。
エアコンもない、冷蔵庫もない、ものを冷やすというても精々が井戸の中につけておく程度の時代に考えられた知恵です。
江戸時代頃から夏の暑気払いに飲まれたお酒に「柳陰」というのがあります。「本直し」とも言いますが、味醂に焼酎を加えて飲みやすくしたもんです。味醂は調味料としてもっぱら使われますが、元々は甘いお酒で、江戸時代には高級なもんやった、それが伺えるのが、落語の「青菜」です。
植木屋があるお宅で一仕事終えたところで、旦那から酒の相手をしてくれと言われます。そこで出されるのが、柳陰。
「昔は大名酒いうて、お大名より上がらなんだもんで。それを頂戴できる、結構なことで」
肴に出てまいりますのが鯉の洗い。植木屋、わさびを知らんもんですから、盛ってあるのを丸ごと口へ放り込んでしまします。
そこで旦那が口直しと青菜を勧めます。奥さんを呼んで、「堅とぉ絞ってゴマでも振りかけて持ってきたっとくれ」
暫くしますと、奥さんがやってきまして、
「あの、旦さん。鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官」
「何じゃ……? ほぉ、義経、義経」
菜も食らうてしもうてない。よしよし。という隠し言葉です。植木屋とはいえお客の前ではっきり「無い」と言うて、旦那に恥をかかすのを憚ったんですな。
これに感心しました植木屋、家へ帰って真似をしようと考えます。焼酎を柳陰に、おからを鯉の洗いのつもり。奥の間なんてもんはおまへんので、嬶を押入れに入れます。そういたしまして、風呂へ行こうと誘いに来た友だち相手に、旦さんの真似を始めます。
「おう、風呂行こか」
「あぁ、植木屋さん、植木屋さん」
「何言うとんねん。植木屋はお前や。俺は大工や」
旦さんがいうた通りにやっていきます。どうしても隠し言葉がやりたいんです。
「あんた、青菜は食べてか?」
「要らん」
「あんた、青菜は食べてかぁ?」
「要らんちゅうねん」
「要らんでも食べる言うてぇ~」
どうにか食べると言うてもろうて、「奥や、奥や」と呼びます。
「はい旦さん」
「び、ビックリしたぁ~。お咲さん留守かと思たら、今まで押入れ入ってたんか?汗流れ出たあるがな……、何か言うてるで」
「あの、旦さん。鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官、義経」
全部言うてしまいよった。仕方ないので植木屋さん、
「ううん……、弁慶……」
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