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【歳時記と落語】秋の夜長の仇討ち

10月23日は「霜降」、文字通り霜が降りるということなんですが、今年はまだまだ台風が頑張っていて、なんやいまひとつピリッと空気が引き締まってこんですな。しかし、さすがに日はしっかりみじこなってきました。逆に言うたら夜はなごなった。ついつい夜更かしをしてしまうもんですが、昔は日ぃを決めて、夜明かしをして話をしあうという風習があったらしい。
 それが甲子の日や庚申の日やったんですな。有名な肥前平戸藩主松浦静山の「甲子夜話」の書名は、甲子の夜に書き起こしたことにちなんだもんですが、それもそうした風習が背景にあったんやないかと思います。別に「庚申夜話」という本も残っておるそうです。
 今年は10月21日が庚申、25日が甲子になっております。
 この甲子ないしは庚申の夜話が出てくるのが、「甲子待(庚申待)」です。夜通し話をしていく間に敵討ちの話になっていく。これは5代目古今亭志ん生が得意とした話ですが、元は上方の「宿屋仇」です。
 今、大阪で日本橋(ニッポンバシ)というたら、電化製品とオタクの街ですが、昔は宿屋町やった。その一軒「紀州屋源助」という宿屋に一人の侍が立ち寄ると一席の始まりです。
身共は明石の藩中にて万事世話九郎と申す者じゃが、夜前は泉州岸和田岡部美濃守殿ご城下、浪花屋といえる間狭な宿に泊まり合わせしところが、雑魚も藻艸も一つに寝かしおって、巡礼が詠歌をあげるやら、六部が経を読むやら、駆け落ち者がイチャイチャ申すやら、夜通し身共を寝かしおらなんだ。今宵は間狭にても良い、静かな部屋へ案内してもらいたい」
 ヘイ、というて店の若いもんの伊八は、侍を二階へ通します。
 その後へ兵庫あたりの三人連れ、伊勢参りの帰りと見えまして、やかましゅういうてやってまいります。
 その勢いに押されたのか、ついつい侍の隣の部屋へ通してしまいます。
 三人連れは部屋へ上がりますと酒を用意させて、綺麗どころの一つも呼んで酒盛りを始めます。その様子の賑やかなこと。
「伊八ぃ~! 伊八ぃ~!」
 侍が声高に伊八を呼びます。
「今宵は間狭にても良い、静かな部屋へ案内してくれと言うたのを忘れおったか。何じゃ、隣りのあの騒ぎは。即刻静かな部屋と取り替えてもらいたい」
 しかし、最早満室。静かにさせるからというので、何とか堪えてもろうて、伊八は三人連れの部屋へ。
 三人連れも始めは反発しますが、相手が侍と聞いてしゅんとしてしまうて、綺麗どころも帰してしまいます。
 そこで今度は話をし始めますが、話題は相撲に。話に力が入って、ほんまに相撲をとりはじめよった。
「伊八ぃ~! 伊八ぃ~!」
 伊八はまたもや平身低頭。三人連れのところへ行って静かにさせます。
 三人連れは今度は色恋の話を始めます。すると一人が、自分は高槻藩の重役・小柳彦九俺という侍の奥方に間男して、その奥方と弟の二人を殺して、五十両の金を持って逃げているんだと言い出しました。
「伊八ぃ~! 伊八ぃ~!」
 三度、侍は伊八を呼びますが、今度は様子が違います。
「みども明石の藩中にて万事世話九郎と申したな」
「へぇ、さよぉうかがいました」
「あれは世を偽る仮の名、まこと高槻の藩中にて小柳彦九郎と申す者じゃ。八年以前、藩許において妻、弟を討たれ、逆縁ながら仇討ちをと諸国をへ巡るうち、伊八喜んでくれ、今宵その仇の在処が分かった隣りの部屋に泊まり居る喜六、清八、源兵衛。中なる源兵衛と言えるやつ、妻、弟の仇にまぎれなし。今宵踏み込んで仇を討とうか、先方より仇と名乗って討たれに来るか。二つに一つの返答をば……、聞ぃてまいれっ」
 さあ、大変です。伊八は血相を変えて三人の部屋へ。
 話を聞いて三人も色を失います。源兵衛は三十石の中で聞いた話と言いますが、侍が納得してくれるはずもありません。伊八も間男するような顔ではないととりなしますが、応えません。
 踏み込んで即刻討ち取るという侍に、伊八が人殺しがあったというのでは商いに障るのでそれだけはご勘弁を、と頼み込んで漸く侍は刀を納めます。
「うむ、さようであった。しからば斯様いたそう。明朝正巳の刻、日本橋に於いて出会い仇といたそう。喜六、清八の両名も、朋友のことであれば定めし助太刀いたすであろうが、助太刀するせんにかかわらず、ついでに三人ともズバッといてしまおう。それまであの三名の命しかとその方に預け置くぞ、一人たりとも逃がしなば、家内中撫切りじゃ、左様心得い」
 三人も伊八も宿屋のもんもみんな寝るどころやありません。一方の侍は豪胆なもんで高いびきです。
 翌朝、侍は身支度を整えますと宿賃を払い、気持ちよさそうな顔で宿を出ようとします。三人も立ちたいと言えば立たせてやれ、泊りたいと言えば泊めてやれと言います。
「えっ、あの出会い仇の一件は?」
「ハッハッ……、伊八、許せ。ありゃ嘘じゃ」
「嘘ぉ……、わたいら宿のもん夕べ一目も寝てしまへんのだっせ。何でそんな嘘をおっしゃったんで?」
「許せ。ああ申さんと、また夜通し寝かしおらんわい」